2005年08月22日

知る者は言わず、言う者は知らず

『老子』

「知者不言、言者不知」 (しるものはいわず、いうものはしらず)

知恵のある者は言葉が少なく、言葉の多いものは知恵が少ない。

               ※※

心に浮かぶまま、ペラペラとなんでも口に出してしまう人間がいる。
それを見て誰が知恵あるものと思うだろう。
知恵が豊かで、思慮深い人間であれば、自然、言葉は少なくなる。

               ※※

口数の多い人間は、それだけ身の程知らずで、
自分の価値を下げているともいえる。
posted by 「言葉の力」研究所 at 19:24| Comment(14) | TrackBack(0) | サ行 ……サシスセソ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
それは昔のお話ですね。

今は言わない人は馬鹿だとも思われますよ。

自信を持って自分の意見をきちんと
主張できない人間は
割引されます。

力や能力は使って初めて認められるものです。

笑える名言ですね
Posted by コロン at 2009年09月07日 11:31
ただの深読み、私見ではありますが

知識のある一面としてこの言葉を考えてみると非常に奥の深い言葉に感じます。

本当に正しい”知”つまり”真理”というのは
突き詰めていけば当然の事であるが如く、言を必要とせずに存在するのが理想のように感じます。

この事をふまえてみると、この格言も時代に左右されない普遍的なものとして人間の生き方の一つとして通じるのではないかと思います
Posted by at 2009年10月14日 01:10
もの静かで知恵が豊かな思慮深い人間

自信を持って自分の意見をきちんと主張できない人間
は別でしょう。
笑えるコメントですね。
とコメントしたくなりました。
それと
今は言わない人は馬鹿だと思わない方が少数派、とも感じません。私の近所の人はよい人ばかりなのかしら?
Posted by ポン at 2009年12月22日 18:26
聡明且つ言葉の少ない者は、思慮深い故に軽口を叩かず、即ち同じ一言にも重みと説得力が備わっている。

また、自らの発言への十分な責任感をも含んでいると周囲より評価されることで、必然的に其の信用度も抜群であろう。


逆に軽口を多く発する者は、自身の発言に責任を持てず、また実践が伴わないことで説得力に欠けるという評価が一般的であろう。


分かり易い例えが「評論家」(笑)。


彼らは詭弁や強弁を会得しているため、言語能力や発言頻度は総じて高いのだが、こと「発言した自らの言葉の正当性を体現する」という説得力が伴わないために、せっかくの持論も証明無き正論と受け取られ、民衆の心まで突き動かすことが出来ない。

政府や首相を痛烈に批判する詭弁家である評論家先生方(笑)が、過去の歴史に於いて、ただの一人とて首相に成り得なかった事実が其の証左である。

Posted by Global Positioning Sistem at 2010年08月22日 07:30
 物事をよく知り抜いている人はみだりに口に出して言わないが、よく知らぬ者はかえって軽々しくしゃべるものである。という意味。
 野球を馬鹿にするサッカー好きや、サッカーを貶す野球好き。格闘技を馬鹿にする素人。いずれもその競技や闘い、ルール、何より楽しみや辛さを何も知らないからこそいいように貶しまくる。
 そのルールや楽しみ、辛さを知っている者は叩くこともないし、皆と共に楽しんだり理解し合う。
 まぁ最近だとニコニコ動画や2chでありがちな事ですね。
 的確な言葉だと思います。
Posted by at 2011年02月21日 04:02
知識・経験を積み、勉強を重ねていくと、物事について様々な側面が見えてくる。
それまでの自分の浅薄な考えが恥ずかしくなり、自ずと思慮深くなり、軽々には発言が出来なくなる。
そういった、人間の自然な精神活動を現した言葉でしょう。
別段、深読みしたり逆に現代の世間的(ビジネス的?)な表層認識を以って、殊更批判するような言葉では無い。と、思いますよ。
Posted by マロン at 2012年04月10日 16:47
深くて難しい言葉だな〜。確かに物事良く知ってる人ってどこか物静かなんだけど、「ここぞっ!」っていう時に大切な何か教えてくれたり、行動してみたりするんだよ。もしかしたら自己主張できないんじゃなくて争いをしないために自己主張しないんじゃないかなー?コロンさんの意見んも間違ってるわけじゃないと思う。確かにこの世の中自己主張できない人間は上にいけない。ただこの言葉はそういった意味じゃないと思う。という馬鹿少年の意見。
Posted by S&Y助 at 2012年05月16日 00:45
素晴らしい名言だと思います。
今の時代は積極的に!って感じですが、物静かな人がたまに言う鋭い意見とかすごいなぁと思ったりします。私は、ズバズバ派(笑)なので
なんだかこの名言は胸に響きます。
Posted by asagi at 2012年11月23日 22:17
コロンさん

貴方こそが、「知者不言、言者不知」ですよ。
合理主義が好きなんじゃありませんか?
合理主義、損得では、この難しい人生を、
どう説明しますか。

合理的な家族、友人など、あり得ないでしょう。
あり得たとしても、このような物を、
お望みでしょうか?

想像力の欠如と、ご自覚下さい。

そもそも、このブログの管理者の方が、
貴方のような書き込みを望んでいるのか、
いないのか、貴方には、はっきりと、
おわかりになると断言出来ますか。
これも、想像力です。幸あれ。
Posted by あいだみつこ at 2013年01月25日 22:00
テレビに出てくるような有識人風の芸人や、社長・先生と呼ばれる奴らに多いタイプですね。
他を軽視し私心を述べる傾向があります。

逆に、口数を少なく振る舞い”偉そうに魅せる”タイプもいます。政治家に多いです。この場合求められている疑問に的確に答えれるのか、有言実行出来る能力がある人間かどうか、これらが後から判定され評価されます。

頭がいい人間だと思われたい、社会に認められたい、などと思っている時点で些末と言えるでしょう。
Posted by hidex at 2013年04月25日 14:08
原発事故の顛末を見ているとこの格言が思い出されます。ただし、同じ中国の諺に「言者無罪、聞者足戒 = 言う(提案する)者は(多少不正確でも)許される、聞くだけの者は足を戒める」とあります。また「君子先言、不言後 = 先に言うべきで(事が起こった)後に言うべきでない」ともあります。「言う」ことも大事なようです。
Posted by おじんすき at 2013年12月05日 11:14
口達者な人間が得をして、寡黙な実力者は、得てして過小評価されがちである。そういうことは、多分昔からあったろうと思います。現代に始まったことでなく。人類の歴史が続く限り、ある程度はずっとそうでしょうね。
それをフォローしたくて、老子がこの言葉を残したのかどうかは分かりませんが。
でも実際、私の身近にいる弁舌の達者な人の話は、どうも自分勝手な決めつけが多くて、逆に「この人、視野が狭いせいで自分の間違いに気づかないので、こんなに雄弁に語れるのじゃないかな?」なんて思ったりもします。
まあもっとも、本当に頭の良い人は弁舌爽やかだという説も、それなりに説得力があるのですが。
要は言葉の多寡とか、表面的な印象で人の賢さを判断しちゃ駄目だぞってことなのかなと思います。
Posted by 丹下左膳 at 2014年08月24日 08:54
口達者な人間が得をして、寡黙な実力者は、得てして過小評価されがちである。そういうことは、多分昔からあったろうと思います。現代に始まったことでなく。人類の歴史が続く限り、ある程度はずっとそうでしょうね。
それをフォローしたくて、老子がこの言葉を残したのかどうかは分かりませんが。
でも実際、私の身近にいる弁舌の達者な人の話は、どうも自分勝手な決めつけが多くて、逆に「この人、視野が狭いせいで自分の間違いに気づかないので、こんなに雄弁に語れるのじゃないかな?」なんて思ったりもします。
まあもっとも、本当に頭の良い人は弁舌爽やかだという説も、それなりに説得力があるのですが。
要は言葉の多寡とか、表面的な印象で人の賢さを判断しちゃ駄目だぞってことなのかなと思います。
Posted by 丹下左膳 at 2014年08月24日 08:55
頭の良さ・洞察の鋭さをひけらかしたい人ほど言うよ
リアルでもネットでも
得する人は黙って利を取りに行く
頭良いと思われたって無駄って知っているんだよ
Posted by at 2014年11月21日 13:30
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