2005年08月22日

心焉に在らざれぱ、視れども見えず、
     聴けども聞こえず、食らえども其の味を知らず。


『大学』

「心不在焉、視而不見、聴而不聞、食而不知其味」
(こころ、ここにあらざれば、みれどもみえず、きけどもきこえず、
くらえどもそのあじをしらず)

うわのそらであったなら、ものを見ても見えず、聞いても聞こえず、
食べてもその味がわからない。

               ※※

ものを見て、それがどういう動きをしているか、
ものを聞いて、そこにどんな意味があるのか、
ものを食べて、それがどんな味なのか――それらを受け止める五感は、
ほんとうは心の働きなのかもしれない。

Aの人とBの人がいっしょに何かを見ても、
一方の人には気付くことが、もう一方の人には、
見過ごしてしまうことがある。その差は、心の作用――ということ。

心にこそ感受性の源があり、心が作用しなければ、
自分が向き合う対象の意味は理解することも判断することもできない。

               ※※

「心眼」――の言葉を想起する。


posted by 「言葉の力」研究所 at 16:38| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行 ……カキクケコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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